以下の文章は、東京コッフェルクラブのメンバーによる1995年のヨーロッパアルプス・オートルートの山行報告書から転載しました。




ヨーロッパアルプス
 オートルート(続き)

   〜東京コッフェルクラブ  ヨーロッパアルプス オートルート山行報告書より〜

ル・シャブル〜モンフォー小屋=ヴェルビエスキー場  5月1日(月) 晴れ

 昨夜は曇りでわからなかったが、ル・シャブルの町は四方を雪山に囲まれた谷間の町である。今日は駅のすぐ脇にあるゴンドラでまずヴェルビエに行ってスキー板を調達し、その後モンフォー山頂(とは言っても、ロープウェイ山頂駅から10分とかからないが・・・)に立ってパノラマを楽んだ後は、1日スキー場で「リゾート」しようということで、スキーパス(41SFr)を購入する。
 ヴェルビエでは、ゴンドラ駅のすぐ前の通り右手すぐの所にあり、1軒目に入った「ヴェルビエNo.1」という店に幸運にも1組だけテレマークの板が残っていた。ビンディングを付け替えてもらっている間に町を散策する。ここは、スキー場に取り囲まれていてシーズン中の華やかさが想像できる。また、国際的なスキー場だけあって、ホテル、銀行等の表示も英語で、当然スポーツ店のお兄さんも英語を話す(しかし、その分ホテル代等物価はル・シャブルよりは大分高そうである。)。
 ヴェルビエからさらにゴンドラ、ロープウェイと乗り継ぎ、左側にトラバースしてから滑り込んだ後、またロープウェイを1本乗り、その半分程滑り込んだ辺りにモンフォー小屋(スキー場のど真ん中にあるかわいい小屋である)があった。
 ロープウェイの中で、ドイツ人の夫婦がどこへ行くのかと尋ねてきたので「オートルート」だと答えるというと彼らも去年行ったとのことである。ヨーロッパの人にとっては、オートルートは日常のスポーツの延長のようにごく気軽な気持ちで出かけているのだろうか?深く突っ込むほどの語彙力も時間もなかったため定かではないが。いずれのしても、ヴェルビエのスポーツ店には、「レンタル山スキー」なるものがあり、また、店のショーウィンドウの陳列も、山スキー・兼用靴の扱いが、ゲレンデスキー・ブーツとほぼ同様であるぐらいなのだから・・・。
 モンフォー小屋のテラスからは、正面左からグランド・ジョラス、モンブランからあのシャルドネのコルまで青空の下にくっきりと見えている。午前中のためかほとんど貸切り状態のテラスで、まずはビールで乾杯。スパゲッティを食べ、ディズ小屋とヴィニェット小屋に予約変更の電話を入れた後、根が生えないうちにモンフォー山頂へと向かう。平川(啓)だけは、昨日アルペッティの谷で膝をひねってしまったので大事をとって休養のため小屋に残る。
 小屋からひと滑りの後、先程乗ったロープウェイともう1本乗り継ぎ(どちらも青色で大きく新しい)、つぼ足+ストックで数分の後、モンフォー山頂に立った(一応3330m)。山頂からの展望は素晴らしく、マッターホルン(まだ小さい・・・)、明後日山頂に立つ予定のピン・ダ・ローラ、更に右手に大きくグラン・コンバンと山、山々で皆大満足である。また、下をのぞき込むと、明日たどるトレースもはっきり見えたので、1/25000図でコルの位置もしっかり確認できた(ショーのコルが下に見えるのが残念であるが・・・)。
 ゲレンデの雪質も上部は5月とは思えないほど良いものであった。ゲレンデのスケール自体も八方尾根も足元にも及ばないほどであるが、さらに、いたる所にトレースが(それもほとんど岩と雪の壁であっても)あったのには驚かされた。また、実際に滑っている人達も見ることができた。こんな連中がうじゃうじゃいるのでは、中には槍ヶ岳の山頂直下から滑ろうなんて人も出てくるのは不思議ではないと納得した。結局1日中青空で気分がよく、もし、オートルート完走という目的さえなかったら、小屋をベースに何日かは十分に楽しめそうである。
 小屋のテラスに戻ると、ガイド付きで我々と同じアルペンとテレマーク混成の日本人パーティーがいたので情報交換した。そのパーティーのガイドは、明日以降はますま天気が良くなっていくと言っているとのことであった(このことは、後日見事に証明された。流石である。)。今日は、小屋に早く着いたおかげか個室も割り当てられたし、すっかりリフレッシュできた1日であった。
                                         (山 室)


モンフォー小屋〜ディズ小屋  5月2日(火) 快晴

 今日のコースは、オートルート中最大の難所と言われている。それは、小屋から小屋までの距離が離れているため、行動時間が長くなってしまうからである。しかも、3000m前後の高さのコルを4つ越えなければならない。昨日ヴェルビエスキー場でゆっくり出来たので、体調は万全のはずである。しかし、日本の地形図よりも大きなスイスの地図の端から端までよりはみ出す程の距離を1日で行くのはまだ経験したことがない。何といっても初日からすっかり自信をなくしてしまい、コースタイムの1.5倍くらいかかってしまいそうに感じる。少しでも早く出発するために、小屋の主人が「朝食を食べてから行け」と言ってくれるのを無視して、早立ちを強行する。我々パーティーは午前3時に起きてラーメンを食べ、小屋を出発したのは、午前4時20分であった。(それほど早かったということはなかったが、小屋の食事は午前5時からであった。)
 外はまだ暗いので、ヘッドランプを点けて歩き始める。異国の地とはいえ、緯度が日本とほぼ同じため、星の様子は見慣れたものであり、こればっかりはあまり感動はない。ただし、今日一日の快晴を約束してくれているように、満天の星空にはミルキーウェイがはっきり見え、我々をディズ小屋まで導いてくれているようである。初めは平坦なスキー場の中の道を行き、ロープウェイのケーブルをくぐる辺りから、ショウ氷河に入る。1時間程行くと、小屋の方から後続パーティ達のヘッドランプの明かりがちらちらと見え始め、次々と追い抜かれた初日の悪夢が思いだされる。
 ショーのコルに着いて素早くシールを外し、トラバース気味に滑り降りる。そしてまた、シールを付け、今度はモマンのコルを目指して登り始める。今日はシールの付け替えだけでも沢山やらなくてはならないため、もたもたしていたらそれだけで大変な時間を使ってしまう。朝の涼しい時に出来るだけ距離を稼ぎ、そしてコルを通過してしまいたいと思っていた。段々空も明るくなり、山々がモルゲンロートに染まり始める。遠くのモンブランがとっても良い感じになってきたので写真を撮る。
 今回の平川(麻)の持ってきたスキー用具は散々である。スキー板に続き、昨日はストックを曲げてしまい、今日はシールの止め金がちぎれてしまう。しかも両方共であるが、シールの付け替えのときに、すぐに直すことが出来たので、行動には影響なかった。
 モマンのコルに着くと、先行していた欧米人パーティーが休んでいた。我々もここで一本とる。知らないおじさまが貴重なはずの行動食のナッツをくれたので、代わりにバナナチップを食べてもらう。ここからクリューソンのコルまではシールを付けたままで簡単に行くことができる。意外に順調である。
 クリューソンのコルに着き、滑る準備をする。雪はまだ固く、出だしから急で、目的と違う方向に傾斜が続いている。2回程ターンするが、この斜面では無理そうである。あとほんのわずかでさえ下りてしまっていたら、進退極まってしまう所であったが、岩の周りの窪地に都合良く入ることができた。山室、平川(啓)、平川(麻)はここでアイゼンにはき換えて下りることにする。塩見と森田は上手く滑り下りていき、左手の斜面をトラバースしていく。ローザブランシュの稜線からのデブリがたくさんある。ローザブランシュに登っているらしいトレースを通り越し、さらに進む。いよいよ本日最後のコル(ただし距離にして約半分の所)はもうすぐそこである。登り斜面となりアイゼンからスキー板に履き換えると、そこからわずかな時間でコルに着いてしまった(?)。取り合えず一本とる。
 本当ならば思いっきり喜ぶところなのだけれど、塩見がしきりに変だ変だと言う。間違えて別のコルに来ていると言っている。当初の予想では、我々のペースでは、足の速い欧米人パーティーにとっくに追いつかれてしまい、後は彼らを追いかけていくだけだと思っていたはずが、後続が来ないままモマンのコルからずっとトップでトレースを付けているのである。さっきモマンのコルにいたおじさん達やクリューソンのコルに来て斜面をのぞき込んでいたお兄さんもここから全く見えない。別の所へ行ってしまったのだろうか。これほど天気が良く視界も全く問題がないのでルートを間違えてしまうことはまず考えられない(他の4人は昨日もモンフォー山頂から確認しているし、これで間違える方が問題である。)。今までは明確なトレースがあったのに急になくなるのは変と言えば変である。自分納得させるために、ここが間違いなくセブローのコルであることをしつこいように確認する。
 この時は知らなかったのだが、モンフォー小屋からディズ小屋まで行くルートは、我々の通ったルートの他に、モマンのコルからローザブランシュの北面を通りプラフュリューリ氷河を滑ってからディズ湖に出るコースがある。こちらを通った場合は滑りが多く、途中に避難小屋もあり、今日のような天気であれば決して長丁場になることはないようだ。今ではこちらが一般ルートになっているようで、後続パーティーはみんなそちらの方を行ったらしい。他のパーティー達が余裕をもって朝食を食べてから出てきた理由がわかったような気がする。しかし、それよりも知らなかったとはいえ、目的のコースを最後まで行けたことは良かったと思うが、もし数年後にまた行くことがあったとしたら、どちらの方を行くかは言うまでもない。
 セブローのコルの下降は、雪の状態が良く全員快適に滑ることができた。トラバースを始める頃には一般ルートを滑ってきた人たちがピョコピョコ飛び出してくるのが見えてくる。後続パーティーが来ないと思っていた時には、しっかり抜かれていたのである。
 ディズ湖は思っていたよりもずっと水が少なくあまり大きさを感じさせない。湖畔のトラバースでは古いのから新しいものまでたくさんのデブリを越していく。絶対に気のせいなのだろうけれど、滑った所よりも、デブリを越していた方が長く感じたぐらいである。パドシャーの直前では気持ちの良さそうな斜面があったので、一度そこを滑り下り、そのままお昼の大休止とする。出発してから約8時間経っていた。
 ディズ小屋までの最後の登りは楽そうだと思ったけれど、気が抜けてしまったせいかやっぱり噂どおり辛いものだった。唯一の救いは、正面に見えているモンブラン・シェイロンとピン・ダ・ローラが初めのうちはとても明日登るとは思えないほど遠くに見えていたのが段々と近づいてきたことである。一日のうちで一番暑い時に強い日差しに照らされてちょっとだるく感じる。袖をまくっていた腕は真っ赤になってしまいヒリヒリする。時々雪で冷やさないと、煙が出てきそうである。あまりにも暑いので最後には雪を頭に乗せて歩く。冷たくて気持ちが良いが、不思議と濡れてこなかった。それほど乾燥しているということなのだろう。とどめのディズ小屋直下の斜面は今までのどの斜面よりも急で高く感じた。登るのにもっと楽そうな所がありズル出来そうだったけれど、そこは通らないで(たくさんのギャラリーが見ていたため)、プッツンしそうになりながらも笑顔で小屋に到着する。
 今日は長い一日だった。しかし、思っていた程大変な所ではなかったというのが正直な感想である。この部分はパスしてアローラから来ようか、という話がでていた時のことを考えると、段々体調も良くなってきていつもの調子に戻ってきているのだと感じた。
                                        (平川啓一)
〔コースタイム〕
モンフォー小屋 4:20 → ショーのコル 5:45 → モマンのコル 7:00 → クリューソンのコル 7:35 → セブローのコル 9:00 → パドシャー 11:00 → ディズ小屋 14:40


ディズ小屋〜ヴィニェット小屋  5月3日(水) 快晴

 朝食はいつものようにパン、カフェオレのメニューである。本日は登って下りるだけの全行程の中では比較的楽な1日である。私達は余裕をかまして7時頃出発としたが、他のパーティは次々と出発していった。ディズ小屋からモンブラン・シェイロンの陰のためカリカリになっている斜面をひと滑りし、下りた所からシール,スキーアイゼンを付けて歩きだす。何パーティーもの団体がピン・ダ・ローラを目指して登っているため、急なカリカリの斜面にもトレースがくっきりついる(キックターンもそれほど緊張しない。)。朝なので日差しは弱く行動しやすい。急斜面を登り終え、3400mの台地状の所にでると、なだらかな氷河の先に山頂が見えているがまだまだ遠そうだ。この辺りから陽が当たりはじめ、私たちはまるでひろーい雪の砂漠を歩くラクダのようにゆっくり一歩一歩進んだ。
 標高差800mを、照り返しによる暑さのため上着を脱ぐなど、2回の休憩をはさんで約3時間半かけて、オートルート中の最高峰であるピン・ダ・ローラ(3796m)に到着した。嬉しさで5人は我を忘れてはしゃぎまわり、ビデオや写真を撮りまくった。日ごとに大きくなって見えてくるマッターホルンをバックに撮る写真はとても絵になる。遠くにはモンブランも見える。地図で確認するが、名前のわからない峰が多い。  さて、十分に展望を楽しんだ後、いよいよ下りである。過去の山行記録には、「すばらしく快適な斜面」と書かれていたものもあったが、大勢が滑った後なので、広い斜面のいたるところぼこぼこで、非常に滑りにくかった。ヴィニェット小屋まで約600m滑り下りるのに私はなげやりな気分になってしまっい、どーでもいいやって感じになってしまった。一人遅れて泣き泣き滑った。やっとの思いで小屋に着いてから、せっかくの下りだしもうちょっと丁寧に滑ればよかったなあと後悔する。
 12時半頃小屋に着いてしまい、行程的には楽な1日だったので、みんな元気だった。日本から持参のラーメンを作ったり、ワインを3本も空けたりして、初日の様子とは大違い。いつものみんなに戻り、何となくほっとした。
                                        (平川麻里)
〔コースタイム〕
ディズ小屋 7:00 → ピン・ダ・ローラ 10:40 → ヴィニェット小屋 12:40


ヴィニェット小屋〜ツェルマット  5月4日(木) 快晴

 ヴィニェット小屋から蟻のとわたりを板を担いでつぼ足で歩くのは放射冷却でカチカチに凍っているため、少し緊張する。塩見はスキーブーツで更に足元が不安定なためか、外国のお兄さんに板を持ってもらっていた(歩きづらいスキーブーツでここまでよく頑張ったものである。)。ヴィニェットのコルでを板を履き、少しトラバースぎみに滑り下りた広く平らな場所がシャルモンタンのコルである。このあたりで周りの山々が赤く染まり始め、なんとも美しく、長い間ビデオをまわしていた。今日は3つのコルを越えてツェルマットまでいく長い1日になるはず(?)なのだが、みんなもう完走を確信したような余裕の顔つきである(2日前にディズ小屋へ向けて出発した朝の張りつめたような緊張感はなく、とても同じメンバーとは思えない・・・。)。
 ここでシールを付け、平坦なモンコロン氷河の真ん中を、最初のコルであるレベックのコル(3392m)を目指す。登りはコル手前に少しあるだけである。振り返ると昨日滑ったピン・ダ・ローラの真っ白な斜面が望まれる。コルからの斜面はシュプール跡が凍ってガタガタになっているが、ボブスレーのコースのような一番しっかりしたシュプールを拾いながら滑ると適度なアイスバーンで快適である。この辺りは正真正銘の国境稜線でスイス側とイタリア側と滑っているのだが、地図上のことで実感はない。正面に岩稜(Vierge)が見えてくると大きく左(北)にターンする。そして、岩稜の基部(約2900m)を右に回り込んでトラバースして一気に雪の砂漠のような広いアローラ氷河の上部に滑り込む。(そのまま北に氷河を滑り降りると1000m下にアローラの町がある。)板が止まった平坦地でシールを付けてモンブリュールのコル(3213m)に向かう。この時、左手奥氷河の対岸にブクタンの避難小屋が確認できる。
 モンブリュールのコルへの直下の登り(100m)は、板を履いたままで頑張っている人もいたが、我々は迷わずアイゼンを付けて坪足で直登する。これはあっという間で、坪足の方が断然楽で、速い。コルからは左上にバルパリンのコルがまだ遠くに見える。北へ急斜面をトラバースぎみに滑り込み、ツアン氷河上部の平坦地(約3100m)で、オートルートでは最後となるシールを付ける。
 バルパリンのコルまでの標高差450mは、(過去の山行報告等から)辛いものだとあらかじめ覚悟していたこと、また、風の通り道になっていて割合涼しくて歩きやすかったこともあって、途中1回小休止しただだけであっけなく着いてしまったというのが実感である(とは言っても、最後に傾斜が緩くなってきた頃から照り返しで中々足が進まず、最初に見えてくるダン・デランの穂先を希望的観測によりマッターホルンの穂先と一瞬間違えそうになったりというご愛嬌もあったが。)。いずれにしても、もう登りはなく、99%は完走した気分である。みんな広い雪原にひとがたを作ったり、転がったりと全身で喜びを表す。写真やビデオを撮ったりして十分に展望を楽しんだ後は、ツェルマットへ向かってスキーを滑らすのみである。マッターホルン西壁を背に何度も交替でビデオを撮りながら滑る。コースは、最初Stochji氷河を滑り、3000m付近で急斜面をトラバースしてTiefmatten氷河に移動する。この辺りからツムット氷河へ滑り込むまでの間の雪質は良くびゅんびゅん飛ばせる。しかし、ツムット氷河を直滑降してからのマッターホルン北壁直下のトラバースが大変である。板が滑らずストックで漕ぎながらやっとの思いでスタッフアルプのレストランにたどり着いて休憩する(閉鎖されていてビールにはありつけず残念。)。レストランの屋根位の高さに林道があり、途中からは人工的に雪を固めるなど整備してあり、フーリのロープウェイ駅直前まで続いていた(スキーツアーでしか利用しないのに感激!)。
 フーリの駅で感激の握手をしたのち、ロープウェイでツェルマットに向かう。ロープウェイ駅近くで正面にマッターホルンを望むテラス付きの自炊宿を予約したのち、その宿のレストランのテラスで祝杯を上げた。
                                         (山 室)
〔コースタイム〕
ヴィニェット小屋 6:15 → レベックのコル 7:35 → モンブリュールのコル 9:30 → バルパリンのコル 11:50 → スタッフアルプのレストラン 2:05 → フーリ 2:50


オートルート(後半1)地形図
オートルート(後半2)地形図

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